法華寺の縁起

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龍珠院妙宏法尼画像

開基 龍珠院妙宏法尼

龍淵院日光上人画像

開山 龍淵院日光上人

法華寺の縁起

当山は大正13年(1942)に開基である龍珠院妙宏法尼が現在の近鉄南大阪線矢田駅周辺に矢田教会を開かれたのが始まりです。

妙宏法尼の長男(後の日光上人)が医者も見放す程の重い病気に掛かった時に一心にお題目をお唱えになり我が子の病気平癒を祈られました。すると妙宏法尼は不思議な霊感を感得され、長男の病気も快方に向かい一命を取り止めました。そのお題目の功徳と妙宏法尼の御徳を聞きつけ、近畿各地から病気や仕事や家庭など様々な悩みや苦しみを抱えた大勢の方々が妙宏法尼を頼って集まって来られました。妙宏法尼はその様々な悩み・苦しみについて法華経を依り処として解決方法を導き出され、皆に法華経・お題目の信仰を弘められました。そして法華経修行の道場として奈良県香芝市に鎌田教会、そして大阪市東住吉区に矢田教会を創立されました。

その後、昭和21年(1946)には現在の地に移転され、妙宏法尼の法号から山号を妙宏山とし、この地が法華経の道場であるということから寺号を法華寺とし、開山である龍淵院日光上人によって一寺が建立されました。

その後も法華経・お題目弘通に邁進され、昭和36年には本堂・庫裡が建立されました。そして昭和47年には第2世龍寶院日圓上人に法灯が継承されました。昭和56年には日蓮聖人御入滅第700遠忌記念事業として、壇信徒の強い要望と新たな供養の形として納骨堂と客殿を、平成17年には日蓮聖人立教開宗750年記念事業として山門を建立され、法華の道場としてお題目の息吹が脈々と受け継がれ今日に至っています。

また、当山では日蓮聖人の報恩講として毎年5月と11月に身延・七面山へ参拝しています。この団体参拝は100年以上になり、開基 妙宏法尼が日蓮聖人への報恩感謝として始められました。当時は講員一人一人がお供物を背負い、身延・七面山の道中に灯明とお線香を供養しながら参拝した事から「豆講」と称されていました。現在では「一心講」と名称を変え、日蓮聖人への報恩感謝と妙宏法尼の想いを継承し参拝を続けております。